酪農で授業づくり 酪農教育ファーム研修会開催
11面記事牛舎で説明を聞く参加者
新潟県
「わあ、おとなしい」「毛並みが気持ちいい」。乳牛の背中にブラシを当てると、教員たちの表情が自然とゆるむ。フジタファームでの酪農体験の一コマだ。「酪農を通して食やしごと、いのちの学びを支援する」を目的に、酪農家と教育関係者が連携して行う「酪農教育ファーム活動」は、組織的な活動開始から21年目を迎えた。教員対象の酪農教育ファーム研修会は、活動の一環として毎年開催されている。今年は新潟県を会場に、8月5日、19名が参加し、牧場での酪農体験や酪農を教材化するワークショップを行った。(主催=日本教育新聞社・一社中央酪農会議)
出産前の母牛のおなかに触れて
朝8時、新潟駅に集合した一行はバスで燕三条駅を経由してフジタファームに向かった。フジタファームは酪農教育ファーム活動に適した安全・衛生条件を満たす「酪農教育ファーム認証牧場」の草分け的存在で、これまで多くの小・中学生らを受け入れてきた。到着後、防疫及び乳牛からの感染症予防のため手洗いをし、足にはブーツカバーを装着。牧場主の藤田毅さんの案内で搾乳牛の牛舎に入った。
入口には乳牛のえさとなる飼料用米の袋が積まれていた。牧草などに加え、フジタファームの乳牛にはお米もえさとして与えられている。牛舎の奥に進むと、朝の搾乳を終えた約70頭のホルスタイン種の乳牛たちの姿が見えてきた。この日は30度を超す真夏日。乳牛は暑さに弱いため、大型の扇風機を何台も回し暑熱対策をしている。「乳牛の体重はどれぐらいですか?」「搾乳はいつするのですか?」「何人で乳牛の面倒を見ているのですか?」「冬は牛舎を閉め切るのですか?」と、参加者から次々と質問が飛ぶ。藤田さんは、それらの質問に的確に答えながらゆっくりと牛舎を案内していく。
続いての体験場所は、子牛の牛舎だ。囲いの中で1頭ずつ飼養管理されている。中には、生まれて数週間の子牛もいる。つぶらな瞳の愛らしい姿に思わず撫でたくなるが、藤田さんから猛暑で子牛がバテ気味と説明され、今回は一歩離れたところから見学した。
「雌牛は妊娠、出産して初めて乳を出します。生まれた雌の子牛が大きくなり、出産し、そのサイクルがあって初めて牛乳の生産が成り立ちます」と藤田さんの説明に、乳牛が乳を出す仕組みを改めて確認した参加者もいた。
雄の子牛が生まれた場合は肉用として育てられること、乳牛が出産を繰り返しお乳の量が減ってくるとお肉になることを聞かされると、乳牛の命の一生に携わることこそが酪農の仕事だと実感したようだ。
最後に案内された出産を控えた乳牛を管理する牛舎では、お腹の大きな乳牛がわらの山に横たわっていた。ブラッシングをした茶色いブラウンスイス種の乳牛のおなかに触れると、子牛がいるのがわかる。やさしくブラシを当て次に生まれる「いのち」を感じながら約1時間の酪農体験を終えた。
藤田さんは酪農教育ファーム活動を通して、食やしごと、いのちの大切さを子どもや大人が自ら気づくよう働きかける「酪農教育ファームファシリテーター」の認証を取得している。牧場見学や酪農体験の行程も理解が深まるように組まれていることがわかる。
体験後は藤田さんが経営するジェラートショップ「レガーロ」を訪問。レガーロのジェラートは、フジタファームの搾りたての生乳を原料とした低温殺菌牛乳と選りすぐりの果物や野菜を合わせて、毎朝、藤田さんやスタッフによって作られている。休日には行列ができるほどの人気店だ。参加した教員らは、その日の朝に作られたジェラートに舌鼓を打ちながら、酪農体験で感じたことを振り返った。
乳牛のブラッシング体験
ワークショップ
酪農教育ファームの利用と活用を見出す
渋谷 一典 文部科学省教科調査官
酪農教育ファーム活動をいかにして学校の教育課程に位置付けるか
午後は会場を移し、講演とワークショップを行った。ワークショップに先立ち、中央酪農会議が日本酪農の現状について説明した。その後、藤田氏の講演、文部科学省教科調査官の渋谷一典氏の進行でワークショップと続いた。
渋谷氏は生活科と、小・中・高校の総合的な学習の時間が専門。午前中の酪農体験を写真で振り返り、改めて午前中の活動を参加者と共有した。渋谷氏は「酪農体験はいろいろな切り口で教材化できると感じたはず。酪農教育ファーム活動が学校の教育課程に位置付くためには学習効果が得られることが必要。酪農体験や酪農家の話は教室では得難い価値。それを踏まえて、教科等の学習を充実させるための酪農教育ファームの利用と活用を考えてみたい」と提案。参加者はグループに分かれ、中央酪農会議が発行した教材「らく農教室(教師用)」に掲載された指導案を、午前中の酪農体験を生かしながら、学習効果が一層得られるものに作り替えていった。
疑問や関心を呼び起こす指導案に
渋谷氏はグループワークを始める前に、指導案作成の要件について、次の3つを提示した。
(1)教師と酪農教育ファームファシリテーターの明確な役割分担を示すこと
(2)「らく農教室(児童用)」を活用し、牧場で行う具体的な体験活動を含めること
(3)獲得される知識と、新たな疑問や関心が指導案に位置付けられていること。
各グループともフジタファームでの酪農体験を基に、酪農体験前後の流れにも配慮。導入では、子どもたちがなぜ酪農を学ぶのか、動機付けとして、毎日給食で出る牛乳を取り上げた。酪農体験後のまとめでは、他の教科など横断的な視点も取り入れ、酪農で得られる知識や疑問などを単元に盛り込んだ。グループのひとつは、5年生の社会科で学ぶ米作りと比較して、「らく農家の仕事」を学ぶという流れで指導案を作成。フジタファームでの酪農体験を十分に生かしながら、酪農と稲作を比較することで、指導案に磨きをかけた。作成した指導案はグループごとに発表。その後、2つ目のワークとして、教員と、行政、酪農関係者などそれぞれの立場から「酪農教育ファーム活動を教育課程に位置付けるために明日からできること」を話し合った。今回の研修を体験のみに終わらせず、教員として「明日から何ができるか」という行動目標を明確にして締めくくった。
最後、渋谷氏は次のように講評した。「酪農をどの視点から切り取ることができるかを、酪農体験を基に考えることができた。酪農は教科書には明示されていないため、地域の学習教材として活用する工夫も必要になると思われる。言語能力、情報活用能力、問題発見解決能力はすべての教科等の学習の基盤となる資質・能力である。酪農にそれらの価値を発見し、意識的に指導案に盛り込んで作成したグループが多かった。また酪農体験をしたことで、日常の食や生産者への思いなどにつなげようとする流れも見て取れた」。
酪農教育ファーム活動を教育課程に位置付けるには、カリキュラムマネジメントの視点から学習活動をデザインする意識が必要だ。「内外の教育資源を効果的に活用しながらPDCAサイクルで検証し、学校教育目標を達成する教育活動の質の向上が求められている。酪農教育ファームの利用と活用がその1つのきっかけになれば」と結んだ。
参加した教員からは「体験が主体的な学びにつながると実感した」「牛乳や乳製品のありがたさがわかった」「酪農を通して多くの教材づくりができると感じたが、何に焦点を当てて学ぶかをしっかり考える必要がある」「教育現場と酪農現場、それぞれの課題が見えてきてよかった」などの感想が寄せられた。参加者の感想から、酪農体験を学びにつなぐ多くの気付きが得られた1日となったことが伺えた。
指導案を発表する参加者
酪農体験をもとに指導案を練る
講演
循環型農業の基軸を担う酪農
フジタファームの取り組み
藤田 毅 有限会社フジタファーム代表取締役
地域とともに循環型農業を目指す
今日、皆さんがブラッシングした乳牛はあと2週間ほどで分娩を迎えます。乳牛は大きな子どもを産むので、子牛が頭の前に前足2本を揃えた姿勢でないと分娩ができません。姿勢が違うと人間が産道に手を入れて揃えることもあります。
乳牛は人工授精で出産します。自然交配はほとんどありません。技術の進歩はめざましく、雌雄判別精液を使うと9割は雌を産み分けることができます。そうした中で生まれた雌の子牛を大事に育て、お産をさせて、毎日大事に世話をし、乳を搾る。それが酪農という仕事です。
私たちの牧場で目指しているのは「循環」です。昔は自分の作ったエサを中心に与えて乳牛を飼っていましたが、乳牛の頭数を増やしていくことに伴い、全てのエサを輸入飼料に頼るようになってしまいました。輸入飼料の価格は為替や海外の穀物相場に影響されやすく、その変動が酪農経営に直結します。そこで外部要因に影響されないように、飼料用米を生産するようになりました。飼料用米は、地域で耕作をやめてしまった水田を活用するなどして生産しています。その際、乳牛の糞尿ともみ殻で作った発酵堆肥を使います。その飼料用米を乳牛が食べて糞尿を出し、それをまた堆肥にします。これが「耕畜連携」であり、酪農は循環型農業の基軸を担っているのです。
さらに、デントコーン(飼料用のトウモロコシ)も作るようになり、今では70%の飼料を自分たちで賄えるようになりました。
主食用米をやめた水田を活用して飼料用米を生産することは、国土保全や環境保護、さらには自給率の向上にもつながっています。そうやってこれからも地域とともに酪農を続けていきたいと考えています
体験前の学校との打ち合わせが大事
酪農教育ファーム活動を始めてピーク時には年間7千人の子ども達を受け入れました。
体験活動や授業の成否を決めるのは先生との事前の打ち合わせです。毎年酪農体験を実施している学校でも、先生が異動してしまった場合、しっかりとした引継ぎを行わないと単なる惰性の行事になりがちです。体験の前に、体験するのはどのような子達なのか、何をどのように学ばせたいのかなど、しっかり打ち合わせをしてから臨んだ方が、学習効果が高まります。
受け入れる酪農家として気を付けているのは、「牧場に来たくない・体験をやりたくない子ども」がいることを念頭に置くことです。「においが嫌」「動物が嫌い」という子どもがいて当然です。その子どもを中心に据えて、帰るときに笑顔になるにはどうしたらいいかを考えます。
「話を聞いてくれない子ども」もいます。そんなときは一番初めに乳牛を見せるんです。大きな乳牛は大人だって怖い。人間の小ささを感じてもらう、その後で話をすると一生懸命聞いてくれる。そんな工夫をしてきました。
学年によっても体験への向き合い方が違います。小さい子たちは何でも思ったようにやってみたいし、大きな子たちは斜に構えて見るところもある。学年の雰囲気を大切にしながら進めるのも大事です。
こうした対応の仕方は、酪農教育ファームファシリテーターに、3年に1度の受講が義務付けられている「スキルアップ研修会」で学んでいます。酪農家側からもできる限りのサポートをするので、ぜひ、牧場へ来てほしいです。
酪農のいいところは1年を通して同じ体験ができることです。稲作のように季節が限定されません。感受性の強い子ども達に、ぜひ諸感覚を使い学ぶ体験をさせてほしいと思います。
酪農の魅力は増しているし、目指す若者も増えていると感じます。酪農教育ファーム活動が子ども達の職業選択の一助になることを願っています。
酪農教育ファーム認証牧場のフジタファーム
『酪農教育ファーム活動』について詳しくはこちら
https://www.dairy.co.jp/edf/index.html