エネルギーの正しい理解促進で教員が授業力を競う
10面記事模擬授業の様子
第10回「エネルギー教育」模擬授業全国大会開催
主催・エネルギー教育全国協議会
後援・一般財団法人経済広報センター
エネルギーへの理解を深める授業実践を競う「第10回『エネルギー教育』模擬授業全国大会」(主催=エネルギー教育全国協議会)が1月26日(土)、東京・長井記念ホールで開かれた。全国7ブロックと一般応募で選ばれた8名の教員が多彩なテーマで模擬授業を発表、関東ブロック代表の青木英明教諭が最優秀賞に選ばれた。
全国8名の教員が模擬授業を披露
2021年4月に実施される中学校新学習指導要領では、現行中学3年理科で履修する放射線教育を、中2でも「静電気と電流」の中で指導するよう拡充された。また、総則では「新しい現代的な教育課題」への対応力の育成が強調されている。原子力発電やエネルギーのベストミックスなどエネルギーに関する正しい知識の習得と理解力の育成は次世代につながる教育課題だ。
エネルギー教育全国協議会(代表・向山洋一氏)は環境やエネルギーについての理解を深め、子どもたちが自ら考え行動できる正しい知識を習得できるように、授業を通してエネルギー問題の大切さを教えていくことを目的に1997年に設立された。
毎年、全国7カ所で開くシンポジウムでは各エリアの教員が模擬授業を披露、そこで選出された教員と一般応募で選出された計8名が全国から集い、模擬授業を披露するのが同大会だ。
開会に先立ち玉川大学教職大学院教授の谷和樹氏は「多くの蓄積が10年という節目を迎え感慨深い。ラグビーワールドカップや東京オリンピック・パラリンピック大会など今後、外国人と子ども達が交流する機会が増える。日本の国の形をエネルギーの問題も含めて情報交換できる子ども達を育てなければならない」と述べた。
基調講演に続き、発表者が1人5分の模擬授業を行った。選択したテーマ、発表者と授業タイトルは次の通り。
【(1)暮らしを支えるエネルギー】
「ワイヤレス給電が切り開く新時代のライフスタイル」(小学6年・理科、石田勝紀教諭)
【(2)エネルギーの安定供給】
「北海道ブラックアウトからエネルギー問題を考える」(小学校高学年・総合的な学習の時間、紫前明子教諭)
「世界No.1のLNG火力発電~コンバインドサイクル発電からトリプルコンバインド、石炭ガス化複合発電の時代へ~」(中学3年・総合的な学習の時間、大森雄一教諭)
【(3)省エネルギーの取り組み】
発表者なし
【(4)世界と日本のエネルギー事情】
「日本の海底資源の開発を支える理科教育」(中学3年・理科、荒川拓之教諭)
【(5)地球温暖化とエネルギー】
「日本の蓄電池技術が世界のエネルギーを変えるー絶対に諦めない!蓄電池に人生をかけた日本人の気概の授業―」(小学6年・道徳・理科・総合的な学習の時間、岩永将大教諭)、
【(6)原子力・放射線】
「原子力発電の未来」(中学2年・社会・地理的分野、鈴木孝迪教諭)
【(7)再生可能エネルギー】
「太陽光発電の可能性」(小学校5年・社会、笹原大輔教諭)
「日本発!次世代太陽電池『ペロブスカイト太陽電池』」(小学5年以上・総合的な学習の時間、青木英明教諭)
模擬授業発表後、ただちに審査が行われた。審査員は谷和樹氏、小森栄治氏(日本理科教育支援センター代表)、佐桑徹氏(一般財団法人経済広報センター常務理事)の3人。
・メッセージの明確さ
・授業の組み立て
・授業スキル
・情報量
・子ども達の理解と反応
の5項目を5段階で評価。合計得点から最優秀賞、優秀賞、実験優秀賞、審査員特別賞が決定した。
協議会代表 向山洋一氏
10年で進んだエネルギー教育への理解
審査結果の発表と表彰の後、同協議会代表の向山洋一氏は次のように述べて大会を締めくくった。
「会の発足当初、エネルギーについて授業で扱うことに一方的に反対し、議論にならないところもあった。しかし、日本の社会を発展させるためには正々堂々とそして丁寧に論議して、解決策を話し合っていく姿勢が必要だ。なぜならさまざまな知恵を出し合い、生活の向上を考えるのがあるべき教師の姿だからだ。
10周年を迎え、現在、エネルギー教育に対する反感は少なくなった。具体的な事実や安全な暮らしを確保するための知恵やルール、世の中の成り立ちを教育の素材として子ども達に一つずつ教えてきた成果だ。
10年のあいだには人々の考えの変化があった。エネルギー教育を通して安定した社会を作らねばという議論の機運が生まれている。今後もエネルギーの利用が我々の生活を支えていることが伝わるよう、子ども、保護者も含めた率直な論議ができる環境を作っていく」
審査発表後、授業者と代表・審査員を囲んで
特別講演
歴史からたどるエネルギーへの理解
金田 武司 株式会社ユニバーサルエネルギー研究所代表取締役・工学博士
環境やエネルギーを授業で扱う際、教員が正しい知識と情報を身に付けておくことは授業づくりの基盤となる。特別講演はエネルギー事業のシンクタンクから金田武司氏を招き「『エネルギー』について考える~エネルギーの過去と未来のはなし~」の演題で行った。
金田氏はエネルギーが社会横断的なテーマであり、教育にもふさわしい教材としたうえで、歴史、社会、国家の観点からエネルギーを考える視点を提供した。
「日本のエネルギー自給率はわずか8・3%で、ほとんどが海外からの輸入に頼っている。良質な港があり、巨大タンカーを受け入れることができたため石油や天然ガスの利用が続けられてきた」と指摘。20世紀以降、石油をめぐる覇権をアメリカが握る中、「原子力の平和利用は国家百年の計として戦後日本の原点だった」とし、原子力発電所が停止している現状は「原油価格の影響をもろに受ける体質」と警鐘を鳴らした。
さらに昨年の北海道胆振東部地震で停電の連鎖「ブラックアウト」が発生した仕組みを解説。大停電が起きる要因は無限にあり、リスクを多方面から認識すべきだとする。「石炭や石油、原子力など、我々がエネルギーの利便性を享受している裏には必ずどれもネガティブな部分がある。ポジティブな面との両方を理解して社会が正しく横断的・総合的に判断することが重要。公共性の高い事業は経済原則で測らず余裕を持った事業が必要だ」と述べた。
エネルギー教育基調授業
持続可能性から考えるエネルギー教育を
谷 和樹 玉川大学教職大学院教授
国連「持続可能な開発目標(SDGs)」の17の目標に照らして、さまざまな発電方法のメリットとデメリットに気づかせる授業を提案した。SDGsの17のアイコンを示し目標を予想させる。答えを示した後、「地球上の誰一人として取り残さない」をテーマに各国が取り組んでいることを印象付けた。そのうえで、どの発電方法がSDGsを達成するのにふさわしいかを考えさせた。CO2排出量や健康被害、自然保護の観点、発電コストなどだ。目標をすべて達成できる発電方法はなく「子ども達にバランスよく考えさせることが重要。SDGsを活用しいろいろな角度から新しい授業を作って」と激励した。
正しい知識は意思決定の基礎・基本
小森 栄治 日本理科教育支援センター代表
福島第一原子力発電所の貯蔵タンクの写真を示し「処理水」について理解させた後、どのような最終的な処理の方法がよいかを考える手立てを提示した。原子炉建屋などにたまった地下水は「多核種除去設備(ALPS)」でトリチウム以外の大部分の放射性物質が取り除かれる。トリチウムは水素の同位体で「三重水素」という。新学習指導要領で中学3年で学ぶ「原子の構造」で扱える。今後の課題は貯蔵している処理水の処分方法だ。「放射性物質の基本的な知識を学んだうえでどうするかを考えさせることが社会のプラスになる。冷静な意思決定ができる子どもを育ててほしい」と授業づくりの方向性を示した。
受賞者授業概要
最優秀賞
日本発!次世代太陽電池「ペロブスカイト太陽電池」
関東ブロック代表 青木 英明 教諭
【授業のねらい】
日本初の次世代太陽電池「ペロブスカイト太陽電池」の特徴を知りメリット・デメリットを考えながら今後の太陽光発電の創出・設置・活用を学ぶ。
【授業のポイント】
新しい発電方法を知った際にメリット・デメリットを知り自分で判断できる子どもを育成する構成と展開。
【授業の流れ】
全4時間の計画。日本のエネルギーの現状について東日本大震災後のエネルギー事情の資料から学ぶ。再生可能エネルギーを中心とした小規模分散型電源のメリット・デメリットを知り、「ペロブスカイト太陽電池」の特徴を知る。バイオマスなどエネルギーの地産地消を紹介し地域や人々の取り組みについて理解を深めた。研究者を取材した教材開発の甲斐があり、子ども達は積極的に取り組めた。
優秀賞
日本の蓄電池技術が世界のエネルギーを変える―絶対に諦めない!蓄電池に人生をかけた日本人の気概の授業―
九州ブロック代表 岩永 将大 教諭
【授業のねらい】
電気自動車やスマートフォンなどを支える蓄電池の技術は日本人の「絶対に諦めない」気概が生み出した。そのドラマを紹介し、自分の生き方を考えさせる。
【授業のポイント】
蓄電池メーカーに実物を借りて体験させた。日本人の気概が伝わる教科横断的な授業構成とした。
【授業の流れ】
全6時間。理科で蓄電池の歴史を学んだうえで蓄電池の模型や実物にふれ、日本の蓄電池技術力の高さを知る。道徳では蓄電池を開発した島津源蔵氏、吉野彰氏、吉田博一氏の3人の日本人の生き方にふれ「粘り強くやり抜く」「困難があってもくじけずに努力して物事をやり抜く」意志や努力を学ぶ。自分が今後、どのように生きていきたいかを考え、まとめる。
実験優秀賞
ワイヤレス給電が切り開く新時代のライフスタイル
関西ブロック代表 石田 勝紀 教諭
【授業のねらい】
生活を支える身近な電気がどのようにして作られ、利用されているのかを理解させ、よりよい活用法を多面的に考えるきっかけを与える。
【授業のポイント】
実験を通して目に見えない電気を理解させる。子どもが失敗したときのために教師の提示や映像を準備した。
【授業の流れ】
全8時間。モーターを使って発電できることを知り、手回し発電機で実際に発電した後、乾電池の性質と比べる。発電した電気をコンデンサーに蓄えLEDなどを作動させる。太さの違う電熱線に電流を流し発熱の違いを調べる。身の回りで電気を光や音、熱などに変えて利用した道具を調べる。その道具の働きに着目し、電気の利用の仕方を多面的に調べる。
審査員特別賞
北海道ブラックアウトからエネルギー問題を考える
北海道ブロック代表 紫前 明子 教諭
【授業のねらい】
北海道胆振東部地震による大停電「ブラックアウト」が起きた理由と北海道のエネルギー事情を知り、今後、エネルギー安定供給のために必要なことを考えさせる。
【授業のポイント】
事実に即して日本のエネルギーについて考えられる授業を、災害時の今、実践した点。
【授業の流れ】
全12時間。電気が暮らしに欠かせないことをさまざまな資料から読み取らせたうえで、日本や北海道のエネルギー政策と現状を学び自分の意見を持たせる。原子力、化石燃料、再生可能エネルギーなど発電方法の仕組みを知り、よい点と問題点を比較させる。自然災害が頻発する日本で、災害に強いエネルギー、近い将来、遠い将来の日本のエネルギーについて考えさせる。