英語科教員らスキルアップの夏
10面記事本社主催 全国10カ所縦断セミナー開幕
今夏全国10カ所で開催する「英語教育改革先取り対応セミナー」(主催=日本教育新聞社、共催=(株)ナガセ)が4日の横浜会場からスタートした。22日の埼玉会場まで列島を縦断する。各地の会場には主に中・高校の英語科教員が参加し、講演でこれからの英語教育で求められることを学び、ワークショップなどで自らのスキルアップ、指導力の向上に努めた。普段あまり機会のないTOEFLの模擬体験などにもチャレンジした他、他校・他校種の教員との交流を持つきっかけにもなったようだ。
習得を実感させる学びに
加納 幹雄・岐阜聖徳学園大学教授
横浜会場では元文科省初等中等教育局教科調査官で、岐阜聖徳学園大学の加納幹雄教授が「学習指導要領の改訂と学習指導方法の改善」について講演。教育行政の現場で英語教育環境整備に取り組んだ経験と、現在は大学教員の立場から、今後の英語教育について概観した。
加納教授は「大学入試をゴールとした英語教育では、受験に合格した途端に学びがストップし、その瞬間から学力低下が始まってしまう」と現状に強い危機感を抱く。
そんな中「英語で英語を教える」授業が求められていることについて「伝統的な訳語方式や授業のやり方を抜本的に変えよ、という文科省からのメッセージだ」と強調した。
また今後の英語授業改革のためには、英語の力が伸びているのが、目で見えるようなまとまった単元のデザインが必要と指摘。その後に新技法を移植し、習得したものをしっかり活用させる段階へ発展させる。生徒自身が「今、何を学んでいるのか」「学習内容が次はどのように発展するのか」を自分でつかめるような学びこそ必要と提案した。
4技能使い目的に迫って
小泉 仁・東京家政大学大学院教授
5日に開かれた札幌会場で講演したのは小泉仁・東京家政大学大学院教授。「4技能を高める英語指導」をテーマに、会場の参加者を生徒役にしたミニ授業も行った。
高校教諭を経て、文科省の教科書調査官も歴任した小泉教授は、学習指導要領が改訂を重ね、「使える英語」へと転換していった一方で、検定教科書に変化は少ないと指摘し、「教科書が変わるには、選ぶ側の学校現場の意識が変わる必要がある」と訴えた。
授業については「内容重視」(コンテントベース)で行うべきだと述べた。導入部分から生徒と英語を使いながら内容に迫り、その過程で読むことや書くことを指導するよう主張した。
例として示したのは富士山を題材とした授業。写真や浮世絵で、さまざまな富士山をスクリーンに映し出しながら、参加者に英語で質問を投げ掛けた。会場とのやりとりを通じて、富士山が静岡、山梨の県境に位置することや古くから日本人の信仰の対象となっていることを話題にした後、今度は生徒同士が富士山についてのクイズを出し合うなど「目的を持って英語を使わせることが重要だ」と話した。
入試の呪縛からの解放を
安河内 哲也・東進ハイスクール講師
東進ハイスクール講師の安河内哲也氏の講演では、入試改革へ向けた今後の英語教育状況と、会話練習のポイントなど授業で実践できるものを中心に取り上げた。
文科省が設置した英語教育の在り方に関する有識者会議の委員も務める安河内氏は、学習指導要領や「聞く・読む・話す・書く」の4技能に合わない大学入試のために、英語教育がさまざまなところで切断されてしまっているのが現状の課題だと語る。そこで4技能を正しく測るTOEFLなどの外部検定を学校現場や大学入試で活用することで、学びの連続性や親和性を担保し、リーディングや文法指導に偏ってしまっている英語教育が本来のものになると未来像を描いた。
また今後求められる参加型の授業について「コミュニケーションやディベートの授業において、先生はインストラクターでありコーチであり、司令塔。細かく指導するというよりも、適切なアクティビティーを準備し、全体の流れを見て生徒を導いてあげなければいけない」と語る。
最後には「ぜひ英語教師になった原点に戻り入試の呪縛からの解放を目指してほしい」と英語教員らへエールを送った。安河内氏の講演は22日までの全会場で開催予定。
「テストの信頼度高く」客観性も保証
ETS上級副社長
横浜・札幌・福岡で開かれたセミナーには、大勢の中・高英語科教諭らが参加した。札幌会場で特別講演を行った米国の非営利教育団体ETSのスコット・ネルソン上級副社長(シニア・バイス・プレジデント)は、TOEFLが130カ国9千以上の大学や機関に認められているアカデミックな内容に特化した試験として「世界中の国への留学に対応した信頼性の高いテスト」などと説明した。
教員の英語能力を高める指標としても積極的に利用してほしいと呼び掛けた。
TOEFLの問題には妥当性や公平性を調べるため、1問につき開発に6カ月から13カ月の期間をかけているという。英語の4技能を測定するため、現在はコンピュータによるテスト(iBT)を受験する人が9割以上を占める。
例えば、スピーキング分野では試験官による面接ではなく、受験者の解答を録音してETSの3〜6人の採点者が評価する方式を採用し、スコアの客観性を保証しているという。
分科会
参加者、TOEFLに挑戦
コンピュータ1人1台用意
分科会では、実際にTOEFL(iBT)のサンプル問題に触れる機会もある。テーブルに1人1台コンピュータが用意され、TOEFLの特徴でもある統合問題(integrated task)などにチャレンジできる。
統合問題はスピーキングやライティング分野に含まれるテストで、複数の技能を測定するのが目的だ。英文を読んだり会話を聞いたりした後、キーボードで文章を入力して解答する。テストはヘッドホンやイヤホンで音声を聞きながら、手元に用意された用紙にメモを取ることもできる。
札幌会場の分科会ではリスニング分野で会話を聞いて設問に答えるサンプル問題が出題された。
これまでTOEFLを受験した経験のない参加者が大部分で、ある男性教諭は「他の検定試験とはずいぶん違う印象。実践的な問題が多そうなので受験するならしっかり勉強して臨みたい」と話した。
また、分科会参加者にはオンラインで受けられる模擬試験が配られた。
素早いスピーキングで実習
技能向上へワークショップ
「スピーキング」「ライティング」の技能向上ワークショップがテーマの分科会。横浜会場の講師は、ETS・TOEFL専門トレーナーで甲南大学国際言語文化センターの津田信男教授が務めた。
実際のTOEFLテストの出題形式や採点・評価基準を解説しながら、グループ形式で素早いスピーキングの実習を行った。
その他にも授業での工夫として英英辞典や教育機関向けの自動添削ツール・Criterion(クライテリオン)を活用した指導方法を紹介。津田教授は「全体を通して、生徒のためになる英語を、という先生方の熱意をとても感じた。まだまだTOEFLは学校現場には浸透していないところがあると思うので、まずはこのワークショップを通じてiBTってこんな感じかと知ってもらえたら」と語る。
参加者からは「自分のクラスに将来、留学を考えている生徒がいるので参加した。近くの席の人と一緒に取り組むワークショップ形式で、授業にも取り込めそうなアイデアが多かった」(神奈川県・私立高教諭)など、実践的な内容に満足する声も上がった。
自分の考えを積極的に発信
米国留学でアドバイス
米国留学についての分科会。札幌会場では、教育コンサルタントで元ETS上級副社長のフィリップ・タビナー氏が大学の受け入れと学生生活を説明した。
米国留学は近年、中国からの学生が急増している。2012年には約23万6千人に上り、07年(6万9千人)の3倍以上に達した。一方、日本からの留学生は減少が続き、12年は約2万人。米国以外でも留学生は少なく、「内向き志向」の表れとも言われている。
タビナー氏は、米国の大学教育の制度とSATや出願書類などの入学条件について解説。また、入学志望書や日本の大学進学ではなじみの薄い推薦状についての注意点も詳しく説明した。
日本とは文化も生活も違う米国での留学を成功させるための秘訣(ひけつ)として、タビナー氏は「ただ参加するのではなく積極的な役割を果たすこと」や「自分の考えを持って、積極的に発信すること」などを挙げた。
分科会には道内の中学校からの参加者も目立ち、帯広市の女性教諭は「将来、留学の道も選択肢に入れられる生徒を育てたい」。道央の広尾町の男性教諭は「現在、町ぐるみで行っている国際交流を活発にするためのヒントを学びたいと参加した」と話した。
TOEFL体験の場、提供したい
スコット・ネルソン ETSシニア・バイス・プレジデント兼最高マーケティング責任者(CMO)
大学入試などへの外部検定試験の活用が検討されている。その一つがTOEFL。TOEFLテストの問題を作成、運用しているアメリカの非営利機関ETSのシニア・バイス・プレジデント兼最高マーケティング責任者(CMO)であるスコット・ネルソン氏に、その意義などを聞いた。
―130カ国・地域で利用されているTOEFLの優位性、良さはどこにあるのでしょうか。
まず一つには世界中で広く受け入れられているということです。二つ目はアメリカの大学入試の担当者を対象にした調査で、5人に4人がTOEFLは良いと評価されていることです。
三つ目は、リーディング、ライティング、ヒアリング、スピーキングの4技能を、統合的に測定することができる良さがあります。
四つ目には、英語がグローバルスタンダードになっているように、TOEFLはインターナショナルスタンダードになりつつあるということです。
―留学経験のない高校以下の先生方には、TOEFLそのものの体験がなく、理解が十分ではないという指摘があります。
日本の学生には非常によく利用されています。世界でもその受験者数はトップ15に入っています。先生方に浸透が不十分な点は、今後、できるだけ利用しやすい環境を整えていきたいと考えています。実際にオンラインでのサポートツールを提供できる環境を整備しています。また、今回のような全国10カ所での教員向けセミナーを通して、体験してもらう機会を提供する。セミナーで経験された先生たちから、別の先生のグループへと、その良さが伝わっていくことを期待します。
―TOEFLでは、「TOEFL Junior」「TOEFL Primary」と段階別にテストが用意されています。これはどう活用すればよいのですか。
習熟の度合いに合わせ、ステップを踏んでいけるように開発しています。これは年齢、習熟度、両方に対応しています。Primaryは8歳から12歳、Juniorは11歳から16歳をターゲットにし、テストに使う言葉がそれぞれの年齢に適したものを使用しています。習熟度に関しては幅を持たせて、重なる部分があります。結果は世界基準のCEFR(Common European Framework of Reference、ヨーロッパ言語共通参照枠)のレベルと対応し、習熟度を客観的に判断することができます。
―今後、よりTOEFLを広めていくためには、どんなことをしていきますか。
TOEFLに対しての認知度が上がるだけでなく、気軽に使っていただき、理解を深めていただきたいと思っています。そのためには、ワークショップやセミナーなどでの直接体験してもらえる機会を多くつくっていきたい。
―日本の先生方へのメッセージを。
先生方の仕事はとても重要なことです。将来を担う子どもたちを育てることの重要性を理解していただきたい。将来を担うには、英語を学習するということも重要な位置を占めています。その一つの試金石となるのが、東京オリンピック・パラリンピックの開かれる2020年です。世界中が日本を注目する年になると思います。